2009年3月26日木曜日

この紋が目にはいらぬか

葵の御紋です、いよいよ来ました徳川家の墓。そう先祖代々徳川家の墓は場所を変えてきた、家康から家光までは日光東照宮、以下寛永寺裏と品川に分散している。分散しているという意味では慶喜だけここにあるといってよい。



それにしてもこの紋、ずっしりと重く目に飛び込んできます。奥に慶喜公の墓がぽつりと建ててある、まるで大きな骨壷の様なつくりになっていた。その扱いは他の将軍からみると実に粗末なものに感じた、実はこの門の横に徳川派生家の一般人用の墓があるのだ、そんなことは誰もネットで報じないんですね。

では私が報じてしんぜよう
明日のこの時間まで、さらばじゃ