2009年1月31日土曜日

コードネームで呼ぶ

そもそも暗号のことを言うのに音楽にも使う、そんなコードネーム。近年あまり使わなくなったかもしれない、というのも完全アレンジでは表記の必要もないしヘッドアレンジで周辺テンションの空間を作っておくと、コードネームって結果でしかないから・・・



ありゃ、少し難しいお話をしてしまいました。
ベースに意図的に3rd音を通過させ、オープンコードに3rd抜きにしておいたりね、するとベースが空間のキャラを決めることになります。でもそれはハマル場でしか効果ないし縛ることになるので今はあまりしません。若いときディミニッシュ好きでした、何でもディミしてた。

コンディミの雨

2009年1月30日金曜日

本との距離は

近年本屋に行く回数が減ってしまった、原因はアマゾンから手軽に購入できるようになったからだ。しかし本屋に行くと自分の興味以外の発見をしてくることも多い。立ち読みしといて一冊だけ買ってくると何か罪悪感を持つものだ。



二十歳前後の時週に4冊ほど読んでいたこともあった。BGMがインストゥルメンタルだと丁度いいのだ、とにかく好奇心の湧くときはのべつくまなく読んでしまう。ただトイレや食事で読み休むのがイヤなのだ、集中力がきれてしまうとストーリーから離れてしまう、だから一気に読む。

足立区には椅子とテーブルを用意して試し読みを公然と認めている本屋がある。

2009年1月29日木曜日

色々なゲート

世の中には色々な門があるものだ、門とは何か?と考えてみたことがある「ここが入口だよ」という意味と敷地を示す役割があるのだろう、囲うという事をすることで縄張を示すのとセキュリティーとしての役割もある。主にそのゲートにより役割が違う



浅草の「花やしき」と言えば遊園地というイメージがあるけど、実は門の内側の一部分のエリアが遊園地なのです、商店街をも含むことはあまり知られていない。こうしてゲートを証拠写真として示すとそれが理解してもらえると思う。

ゲートがあるからわかることですね。

2009年1月28日水曜日

都心マインド

舎人公園から眺める都心、以前あの新宿のビル群の中で生活し仕事もしていたと思うとゾッとする時がある。同じ東京に住んでもこうも違うのか、という生活をしていると過去の都心マインドを否定することが多々ある。



およそ9年間あの中にいると、今行った事を終わらせないうちに次の何かを三つほどスタートさせるような、そんなことに慣れてゆく。すると人間としての額縁が貧しいものになってゆく、そう思ってここへ越してきた。中心に据えられている奴等はイケニエに思えてくる。かつていけにえをやっていた私は途中から生贄を演じた。

都心マインドに身も心もボロボロになる前に
誰かに穏やかに生贄を譲りたかった・・・

2009年1月27日火曜日

水道橋のオブジェ

東京ドームの真横には東京都立工芸高校という立派な建物の高校がある。そのすぐ前は外堀で外堀り通りに平行するようにこんなへんてこで素敵な芸術オブジェがある。



意味もなく眺める人、じっと眼をこらして見ている人。水とゲートのこのオブジェが感覚的に人に何かを与えている。オブジェなら全国いたるところにある、どこにあるどんなオブジェでも私はそれと自分との間にあるものは何なのか、考えてみたくなるのだ。そして理屈化せずに向き合ってみる、無意味でもいいし意味を感じてもいい。

アートからインスパイアされるものは言葉にできなくていい。

2009年1月26日月曜日

東京スカイツリー建設事務所

コーヒータイムではよく部分掲載をします、クローズアップしてそのものだけに焦点をあててます。これは東京スカイツリーの建設現場の横にある建設事務所、これが凄い。見たこともない様な規模の建設事務所群、まるで団地のようです。



この写真も日本で初掲載でしょうか? 何でもいいので初モノってすきです。よくやってます、今年は特に初掲載の機会を増やしてゆきたいと思います。インターネットってまだまだデータベースとして詳細が足りないんですよね、例えば脱穀類の栄養分析表にしても本の方が詳しく載ってます。一つでも多くオンラインに情報を提供する、そんなふうに思うときもあります。

わたくしなりの一つの社会貢献としてやっています。

2009年1月25日日曜日

カモも寝るかも

冬の暖かい日にはカモも日向ぼっこをする。舎人公園の大池ではカモが数羽集合して眠っている、カモにとっては寒い冬の気温が丁度好いのであろうか、地肌に心地よい池で泳いだ後はこうして日向ぼっこをするのだ。



なんとも優雅でカワイイ雰囲気がする風景に思わずシャッターをきった。しかし現代は鳥にとってイヤな病気が出現したものだ、鳥インフルエンザに気をつけてね、とカモやハトに言ってやりたいくらいだ。しかし言葉が通じたとしても「どうやって気をつけるの?」と言葉が返ってきそう。

そういうカモには再度こう言ってやる
「とにかく気をつけろ!」
 
 

2009年1月24日土曜日

秋葉原のタクシーは足立ナンバー

秋葉原は台東区という事を知っている人は少ない、ほとんどの人が外神田で千代田区と認識していると思う。秋葉原の駅は千代田区にあり浅草橋は台東区なのだ。更には秋葉原で走っているタクシーはほとんどが「足立ナンバー」であることも知る人は少ないと思う。



秋葉原の電気街のほとんどは千代田区外神田になっているため、秋葉原イコール千代田区という認識になってしまう、次に千代田区イコール品川ナンバーという図式ができあがるせいだと思う。盲点といえば盲点なのかもしれない、秋葉原という住所は4号線沿いの一部にしかないところがこの事実を隠してしまっているのだろう。

これを見た人は近くの人に質問してみてほしい
秋葉原は何区?
 

2009年1月23日金曜日

西新井大師駅のホーム

西新井大師駅のホームは電車が西新井へ向け出発すると誰もいなくなる、シャトルなのでその先に行く客がいないためだ。閑散としたホームにもどこか情緒が漂っている、それは扇形屋根が欧州の街駅の終着駅の様な雰囲気をかもし出すからだろうか、左の広いウレタン窓からは西新井大師の境内がクッキリと見えるのだ。



ここは寺専用の駅でありながら環七通りが目の前なのだ、これほど環七に近い距離の駅は方南町とここだけである、あとは新代田も下赤塚もここまで近くはない。目の前に足立区役所の出張所がある、同じ寺街として浅草と違うところは寺以外何もないところだろうか、西新井大師駅は西新井大師に行く専用線という特色がある。

西新井大師は車など乗り物の厄除けをする人が多い
新車を買うとココに来て御祓いする。
 

2009年1月22日木曜日

西新井大師へ行く電車

足立区にはわずか一駅の区間を走る電車がある。西新井駅から西新井大師駅への区間を往復する、この移動時間は8分程度で西新井大師という関東の三大大師の寺との区間をシャトルしている。



なんとも風情がある三両編成の電車、足立区では普通の風景として庶民に親しまれている。わざわざ遠くからも乗りに来る人もいる、電車内は様々な人がのっている、寺へ行く人や沿線に住む人、通勤通学の人、観光の人、その多様な人々が均等にバランスよく乗っている。

明日はその先の、西新井大師駅を掲載します。
 
 

2009年1月21日水曜日

アメリカという国

オバマ大統領が就任した、なぜか日に日に歴史的な出来事に思えてくるのです。今までの大統領にない何かが違うのです、それが何なのかは明確ではありません、ただ予感のようなものが私をつき動かしている。前途多難と言われているアメリカ、しかしそう言って客観ばかりしていては一歩も前にすすめません。



地球は動いている、アメリカもまた日本と同じ様に苦しいのです。苦しい時に何をするのか、そこがポイントであります。好景気の時に施行した政策など誰も賞賛しないのです。規模で言うと日本の四倍大きいぶんだけ苦しいのです、横柄なアメリカよりは謙虚なアメリカが好きです。

いまアメリカが動きはじめようとしている

(写真は足立区スポーツセンター)

2009年1月20日火曜日

新宿歌舞伎町

ここは新宿歌舞伎町、日曜日の午後だというのに人が少ない。昭和時代にあれだけ混雑していた歌舞伎町とは全く変貌してしまった。まず歌舞伎町の噴水が無くなってフォーク族が2002年頃から消えた、そして昨年コマ劇場が閉館した。ホストが街をウロつくようになり文化的な匂いは一掃されてしまった。



かつては浅草の様な雰囲気のする部分もあった、多種の商売が集まり様々な文化が交差した。風俗だけではなくそこに交流があったし、楽しさがあった。歌舞伎町に行けば様々なアイテムを選び遊べていたのだ。芝居や面白いスタイルのお店が登場し男女ともに盛り上がることができた。

ホストクラブがすべて歌舞伎町を破壊した、ホストクラブの前にはカップルでは行きにくい、男性が警戒しその前を女と歩こうとはしない、すると街からカップルは消える。一般の男性はホストクラブの前を毛嫌いした表情で歩く、ホストのケバいファッションを変人扱いし通行人は見つめている。

歌舞伎町は廃墟となった

2009年1月19日月曜日

ゴルビーに聞け

いや自民党もしょうもない政党になっています、政治家のせいにするというよりは有権者のせいだと自己責任に転換したいものです、すると投票行動に意思が出てきます。ひとりひとりが政治を考えるイギリスの様な国にならないといけません。



そんな時はこのゴルビーに質問します

ゴルバチョフ人形ですが何か日本のことを考えてくれそうです、コーヒータイムでも今後はゴルビーに質問して何か言ってもらおうと思います。
 

2009年1月18日日曜日

UDXの上海バール

秋葉原に出来た新しいビルといえばUDXとダイビル、どちらもオフィス用のビルですがUDXはレストラン街が新丸ビルの様な感じでなかなか善い。一階の西側入口横にある「上海バール」はたまに行くお店、ここのチャーハンやエビチリが鉱物、いやいや好物です。



UDXはJR線なんかの撮影時にも絶好のスポットですね、とくに東側のテラスやペデストリアンデッキ、加えて3階からのレストランの東側なんかはいい感じです。山手線と京浜東北線、新幹線などがドカドカやってきて窓際を賑わせてくれます。そして上海バールでまた飲茶でもしてサッっと筑波エクスプレスあたりで帰る、などという東京新世界観が近年は新たに在るわけです。
 
秋葉原での時間がだいぶ変貌しました。



 

2009年1月17日土曜日

見慣れた風景の向う

こうした日本人には見慣れた風景写真、掲載しても何も意味がないように見える。しかしインターネットの世界は面白い、日常は外国人にとって非日常なのです。日本に来ると必ず自動販売機を撮影するというフランス人を知っている、あまりにシステムが違い面白いんだとか。



コーヒータイムでたまに日常的ななんでもない風景を掲載している。途端にアメリカや台湾からアクセスが増加する、年に数度だがメールをいただくことがある、スパムメールかなと思って開くと英語で質問が来ていたりします。懐かしいので日々の街の景色をこれからも掲載してください、などと書かれているんです。

色々な人が見ているんですね

2009年1月16日金曜日

横に掃くホウキ

イケアでこんなものが売っていた「横にはくホウキ」!、ブラシ感覚でカーペットなどに入ったチリなどを取り除くのに使用する、1つ100円。デスクの上や楽器などに使うと便利です、とくにキーボードやギター類なんかいいですよね。弦と弦の間に溜まった微妙なホコリなど、これでサッサッサと取り除きます。



ウチでは使い終わると玄関の壁に貼り付けてあります、家内ルールで掃除する系列の道具やドライバー・ノコギリ・カッターなどすべて玄関にある、火気以外の危険物はすべて玄関にあり、逆に書くと玄関を通り過ぎると安全圏に突入します。

ホウキのはなしですけど・・・

2009年1月15日木曜日

とってもいい日

今日はとてもいい日だった、この日はそのむかし成人式として指定されていた祝日。寒いが青空の関東、とてもワクワクした気持ちであります。



正月は今日までという人もいますね、ここは浅草寺の五重の塔、仏舎利です。昨年に伝法院の庭園で感じた「気」がここに満々と満ちています。誰もがここに気を寄せているせいでしょうか、浄化された空気と特別位の気がここにあるのです。
 
浅草寺にお越しの際は五重の塔への参拝もしませう。
 
 

2009年1月14日水曜日

星空は場所を選ばす

ここは東京外環自動車道、略称が外環なのに通称「外環」という人が多いほど皆が外環と言う。カメラ撮影テストをしていた時期(9月)に外環からの星空を撮った。手ブレだとデータは消してしまうが数枚は保存しておいた、手ブレ補正機能を使わずにピタッと止めて撮る練習をした時の写真。



ズームアップを使い夜に三脚なしで星の撮影を試みる人などいるのだろうか、難しい手作業になると意地でもやりたくなるのは私の性格なのかもしれない。簡単な撮影などするものか、などと思って無理をして膝まで痛めてしまった。
 
気をつけないと
 
 

2009年1月13日火曜日

タワークレーン2

まだコントロール室のないタワークレーンがあったので撮影した。日本のブログで初公開だろうか?昨年コーヒータイムでもタワークレーンに触れた、このタワークレーンは高さが10階から20階ほどのビルに使用するようだ、一階にはクレーンのモニターがあるようであった。



コントロール室もこのクレーンで吊り上げて上げられる、ではどうするのだろうか?

という疑問が浮かぶと思う、ケーブル引っぱる装置を一階に置きその装置で上のクレーンを操作し上の位置へ収めるのです。究極のアナログ操作の環境でミリ単位の位置へ資材を運ぶ、写真のタワークレーンは既に地上40メートルの位置にあります。

雨風が少ない時期に工事は飛躍的に進みます
つまり高層ビルは冬に作っているのです。
 
 

2009年1月12日月曜日

スーパーの音はここで

スーパーでかかっている「安いよ! お肉、魚」などの威勢の良い声のアナウンス、それは浅草近くの合羽橋商店街で売っています、ほらこんなに多くの種類のテープ。売る時刻や場所、売り出す食品ごとにそれぞれ専用のテープがあるのです、一本200円です。



この他にも「やき~いも」や「灯油~」「野菜~」などもあるんです、さすがは台所用品の卸し専門の合羽橋商店街、何でもあります。面白いのはラーメン専用の寸胴(ずんどう)鍋の大きいのがある店でしょうか、直径1メートルもある寸胴があったり、たこ焼きや今川焼きのプレートが数種類あったり、または屋台専用のおでん厨房セットがあったりすることでしょうか。

近年は海外とくにフランスのシェフが来ているようです。
 

2009年1月11日日曜日

ベースのピックアップ

ベースのピックアップ・マイクのダンカン(Duncan)、ベーシストでは知らない人はいません。ギターのピックアップメーカーですがベースで有名です、独特の艶というか腰といいましょうかね、そういう音がしますよね、よくスタジオでご一緒しました。



へーぇ、オリジナルなんだ、でピックUPは何?
などとベーシストに聞くと「これ、ダンカンっす」などと言う、クロサワ楽器ベースセンターなる知る人ぞ知る名店がありましてね、一度だけベーシスト&ドラムと店に入りベーシストの試奏につきあったことがあります。ついでに私も興味深々でして、違う機会にベーシストが言っていた感想をまるごと違うベーシストに言うと「なんでそんなに詳しいの?」と言ってもらえるのです。

しかし「え~実は他のベーシストから聞いた話し」というと、でしょ~キーボードが知ってるわけないと思った・・・と。そう言われるとそうだけど、一応知ってるうちに入るんですが・・・

2009年1月10日土曜日

鍵盤弾きの内輪話し

アナログ・シンセのスイッチやツマミは多い、この機械っぽいところがかつては憧れのモノとなり大ブームの土台になったのだと思う。いつしかシンセはまるで鍵盤弾きの担当の様になりキーボードだけがこの音を担当するようになった、キーボード≒シンセサイザーという図式が出来てしまった。




だからバンドのメンバーなどは私がシンセを全部理解していると思い込んでいるのだ。しかし実はそれは実態とは違う、上の様なアナログシンセを見たときにハッキリいってパッと見は何が何んだか解らないのである。いざ触って操作する時になって

さて、波形の決定はどこだ・・・
えーと「VCOと・・・あった」
次にモジュレーターは・・・っと

などと探してゆくのである、つまり基本だけは知っていても全く知らないに近いのだ。ギタリストなどに「シンセのプログラムをいじって新しい音作ってきたよ」などと言うと、やや機械音痴のギター君は「凄くこだわって苦労して製作したんだろな」と勝手に思っているのだ。

だからそういう事にしておくんです
 
 

2009年1月9日金曜日

ほっとコーヒータイムでは

丑年になってから一週間が過ぎた、実はこの写真は年賀状に使おうと思って撮影しておいたのだがボツになったもの。ここは浅草の平城苑の前にあるゴールドの親子牛。ほっとコーヒータイムでは私が撮影した写真だけを使うようにしています、いままで掲載しているのもすべて私が直接撮影したものです、今後も一貫してそうすることにしたいと思います。



撮影は何かのついでにしている、しかし一時間で百枚撮るときもあれば数枚のときもあります。今回はこのイメージと決めて撮っています、ブログ用だけではなくアートとしての写真を撮っているので楽しいですよ。私に影響されてか最近友達もいいカメラを買い撮りまくっているようです。

視点が増えてきました。
 
 

2009年1月8日木曜日

千住大橋から

こちら千住大橋から南東を撮影した写真、リバーパーク南千住が隅田川のむこうに見える。奥の細道の起点になっているこの場所は荒川区の最北側にある。屋形船も数隻出発するここへは時々立ち寄っることがある、4号線沿いにあり便所があるため休憩しやすいのです。

この場所はここからの撮影



隅田川はここらへんからはじまっていると言ってもよい、工業用に敷かれた様な細い1本の川は誰にも隅田川と意識されず、浅草近辺までいってやっと隅田川と認識されるのです。しかしこの界隈の住居の多様性はすごいものがあります、小説家などを目指している人がいたら住むのにおすすめのエリアです。
 
 

2009年1月7日水曜日

飛行船が行く先は

実は大晦日の夕方に一機の飛行船をカメラにおさめた。こんな時期に何かと思いシャッターをきった、紅白歌合戦を見ていたら飛行船からの中継があったのでその理由がわかった。そのときは舎人公園上空あたりを後楽園方向へ向かって飛んでいた。



桶川の本田エアポートからクルーズもあるのでこの辺では普段から比較的多く目にする。飛行機とは違い空に飛行船が浮いていると優雅に見える、舎人公園ではたまにラジコンのヘリや飛行船を飛ばしている人がいる。

ホンモノが上で飛びモデルが下で飛ぶ風景が不思議であった。
 
 

2009年1月6日火曜日

浅草ビューホテルの関係

浅草ビューホテルは1985年からここにある、昨年末で閉館した新宿コマ劇場、実はここにかつてあった浅草国際劇場に対抗して作ったものであった。松竹が国際なら東宝は新宿でコマだという構図が当時は成り立っていたという、しかしそのはるか前から浅草の六区には興行の場としての慣習があったのだ。



浅草寺はもともと境内演芸を盛んに行っていた場である、芸の神が宿っているというのである。その土風は本堂西を突き抜けここビューホテルまで繋がっているのだ。興行場としての歴史と品格は実は浅草が一番多く持っている、六区の演芸場はいま改修工事をしているところが多い。

ビューホテルは毎日静かに六区をみつめている。
 
 

2009年1月5日月曜日

ラジカセと共に

道端に一台ラジカセが置いてあった。Rhythm capsule 9000と書いてる、sony製である。懐かしくなり撮影した、実はこのタイプの下の機種を私はかつて持っていたのだ。上部にイコライザーまで付いているんだものね、これでも当時は高級機なんですよ。



不思議なのはラジカセを見つめていると頭の中で当時聴いていた音楽が鳴りだした事だった。モノラル音でしか聴けないのに当時は不思議なマシンに見えた、いま録音したものを直ぐに聴くことができるなんて・・・と思った。
リバースがないので手でカセットテープをひっくり返さなくてはならない、ひっくり返えすまでは寝ない、そう思って枕もとに置き全部再生してもまだ眠れない夜・・・

いまはmp3プレーヤーで同じ事をしたら5分くらいで寝てしまう
しかし音楽は延々と鳴っている・・・
 
 

2009年1月4日日曜日

オムライスに想い

レストランでメニューを見ているとき、迷うのが嫌いだ。パッと見て30秒以内に「コレ!」と決める感覚が好きなのだ、だから私を知ってる人は食事時の「迷い」を見たことがないはずだ。



そんな私でも迷うことがあって、そんな時にはコレにするのだ。

店内の席につき水を持ってきたウエイターに即答で発注するオムライス、しかしオムライスの場合は迷わずに決めたというよりは迷いたくないときのオーダーである。オムライスが目の前に来ると「あぁ、こんな子供みたいな食べ物」と一瞬想うのだが、クチに入れると思いだすこの甘さと加減、タマゴと中のチキンライスの絡み具合がオムライスの味を決定する。
 
でも人前で食べるのにはテレます
 
 

2009年1月3日土曜日

浅草寺のハトの幸福

浅草の浅草寺の鳩は境内で餌を貰うことができない、鳩が自分で餌をみつけ食べている。ハトには餌を与えなくても大丈夫なのである、草や木の実や虫を喰って生きている。



人が生きるには衣食住が必要である、その環境が整ってはじめて生きることができる。法で整備された社会では原始的生活は無理である、規制があるためだ。何のための法なのかは別として、生き難い世の中で生活を維持するにはやはり衣食住できることが優先である。
 
人としての倫理を考えさせられる正月であった。
 
 

2009年1月2日金曜日

初日の出

初日の出は2日の朝に見た、眩しいまでのスッキリとした日ノ出。2番の日の出が今年最初にふりそそいだ、いつからだろうか元日からあれこれと何でもしないこと、それが私の例年の風習になっている。今年初めをゆっくりとスタートさせるというのが、いつもの慣わしとなっている。



初詣には元日に午後からゆっくりと行きました、そして夜は数人でパーティー、寒い元日でしたがなんとなくホットな感じです。
 
 
 
 

2009年1月1日木曜日

元旦

新年あけまして、おめでとうございます。



本年もご覧の皆様にとって善い年でありますように、心よりお祈り申し上げます。